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いつもポケットにショパン [本]

いつもポケットにショパン (1) (集英社文庫―コミック版)

いつもポケットにショパン (1) (集英社文庫―コミック版)

ふと読みたくなって「いつもポケットにショパン」の文庫版を購入。
つい夢中になって読みふけってしまった。

最近の作品は知らないけど、くらもちふさこに登場する主人公の男の子が「無愛想で一見何を考えているかわからないけど実はヒロインに優し」くて、ヒロインが勝手にハラハラドキドキするという設定が好きだった。
「いつもポケットにショパン」では「季晋ちゃん」が主人公の麻子を敵視するので、以前は苦手だったのです。
でも、今読むと、むしろその葛藤ゆえに「季晋ちゃん」のキャラに深みを感じるので、これは自分が大人になったということであろうか。
それと昔は愛子・麻子の母娘に対する季晋ちゃんの母の憎悪があまりに極端に思えて、「現実にはこんな奴いないよ」と思っていたのが、自分自身が少し世の中を知って「こういう人もいるかもしれない」と思うようになった、というのもある。
「雪の女王」のカイになぞらえられている「季晋ちゃん」の凍った心が、麻子の不意打ちのような感情の表出によって少しずつゆらいでいくところがいい。
麻子の母(有名ピアニスト)が生活の中のリズムの大切さを語る公開レッスンも好きな場面。

最近は人気漫画ドラマ化が相次いでいるけれど、もともとはマンガのドラマ化や映画化自体には反対ではなく、原作と映像作品は別物と考えて見るほうです。
作品としてダメなのは論外ですが。
生身の俳優の魅力とか、風景、音、質感など、マンガでは表現できないものもあるし、ストーリーは面白くても絵が雑なマンガの場合は、むしろドラマや映画になったほうが見やすくていい。
でも、「いつもポケットにショパン」及び前後に描かれたくらもちふさこ作品は映画化・ドラマ化を望まない。むしろドラマ化してほしくない。
ドラマ化するには描写が繊細すぎるし、行間が多いし、絵の完成度も高すぎる。
とかく絵に思い入れのある漫画は、実写で誰が演じても不満が残るもので、「季晋ちゃん」も「蘭丸団の佐藤ちゃん」も「ちいちゃん」も二次元だからいいんだと思う。


映画「ラヴァーズ・キス」には「くらもちふさこ的な少女マンガのエッセンス」を感じたのだけど、具体的にいうと、里伽子と朋章が親しくなるきっかけの場面~浜辺で里伽子が朋章のTシャツを踏んづける~Tシャツを引っ張りあって里伽子が転ぶ~朋章が手をさしのべる~と、学校の廊下ですれ違いざまに朋章がTシャツに残った足跡を里伽子に見せる場面がそれ。
このあたりの里伽子と朋章は、吉田秋生ではなく、くらもちふさこの作品の登場人物のようだったけど、これで正解だった、と思う。
里伽子と朋章のパートを原作どおりに実写にすると、かなり生々しくなってしまうから。
生々しいのが好きな人にはいいけど、個人的にはあまり「生々しい高校生」を見たいとは思わないし。


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