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ムーランルージュ [音楽]

MOULIN ROUGE

MOULIN ROUGE

フィギュアスケートで「El Tango de Roxanne」が使われたことから先にサントラを聴いて、そこから映画にも興味を持ったのだけど、ストーリー及びヒロインの設定はほぼ「椿姫」と同じなんですね。
・・・っていうと誤解を招くかもしれないけど、けっして悪い意味ではありません。
物語の基本的なパターンというものはそんなに多くなく、悲恋モノとなるとさらに幅は狭まる。
無理に趣向を変えると陳腐になってしまうし。
物語は定型的でもシンプルでも構わなくて、それが映画として面白くなるかどうかは細部の描き方とかキャスティングとか、監督の料理の仕方次第。
で、「ロミオとジュリエット」を下敷きにしたミュージカルの決定版が「ウェストサイド物語」とするならば、「椿姫」のアレンジバージョンはこの「ムーランルージュ」が決定版といっても過言じゃないと思った。
サティン役のニコール・キッドマンの硬質で透明感と儚さのある美しさ。
オリジナルの「椿姫」でも見てみたい。
ユアン・マクレガーの唄う「Your Song」は絶品だと思う。

ムーラン・ルージュ (ベストヒット・セレクション)

ムーラン・ルージュ (ベストヒット・セレクション)

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2007/10/24
  • メディア: DVD


いつもポケットにショパン [本]

いつもポケットにショパン (1) (集英社文庫―コミック版)

いつもポケットにショパン (1) (集英社文庫―コミック版)

ふと読みたくなって「いつもポケットにショパン」の文庫版を購入。
つい夢中になって読みふけってしまった。

最近の作品は知らないけど、くらもちふさこに登場する主人公の男の子が「無愛想で一見何を考えているかわからないけど実はヒロインに優し」くて、ヒロインが勝手にハラハラドキドキするという設定が好きだった。
「いつもポケットにショパン」では「季晋ちゃん」が主人公の麻子を敵視するので、以前は苦手だったのです。
でも、今読むと、むしろその葛藤ゆえに「季晋ちゃん」のキャラに深みを感じるので、これは自分が大人になったということであろうか。
それと昔は愛子・麻子の母娘に対する季晋ちゃんの母の憎悪があまりに極端に思えて、「現実にはこんな奴いないよ」と思っていたのが、自分自身が少し世の中を知って「こういう人もいるかもしれない」と思うようになった、というのもある。
「雪の女王」のカイになぞらえられている「季晋ちゃん」の凍った心が、麻子の不意打ちのような感情の表出によって少しずつゆらいでいくところがいい。
麻子の母(有名ピアニスト)が生活の中のリズムの大切さを語る公開レッスンも好きな場面。

最近は人気漫画ドラマ化が相次いでいるけれど、もともとはマンガのドラマ化や映画化自体には反対ではなく、原作と映像作品は別物と考えて見るほうです。
作品としてダメなのは論外ですが。
生身の俳優の魅力とか、風景、音、質感など、マンガでは表現できないものもあるし、ストーリーは面白くても絵が雑なマンガの場合は、むしろドラマや映画になったほうが見やすくていい。
でも、「いつもポケットにショパン」及び前後に描かれたくらもちふさこ作品は映画化・ドラマ化を望まない。むしろドラマ化してほしくない。
ドラマ化するには描写が繊細すぎるし、行間が多いし、絵の完成度も高すぎる。
とかく絵に思い入れのある漫画は、実写で誰が演じても不満が残るもので、「季晋ちゃん」も「蘭丸団の佐藤ちゃん」も「ちいちゃん」も二次元だからいいんだと思う。

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蝉時雨のやむ頃~海街Diary [本]

海街diary 1 (1)

海街diary 1 (1)

鎌倉の古い家に住む四姉妹が主人公。
しみじみして、笑えて、そしてグッとくる物語です。
これを読んで、久しぶりに鎌倉に行きたくなった。

過去に読んだ吉田秋生の作品は、大人の都合に振り回されて「自分も早く大人になりたい」という子どもたちが出てくることが多くて、それはそれで「描かれるべきテーマ」だったのだと思う。
でも、この作品の中で、中学生の「すず」が、腹違いの姉たちに引き取られて次第に子どもらしさを取り戻していく過程にはホッとしてしまう。

「海街Diary」は「ラヴァーズキス」ともリンクしていて、藤井朋章が登場する。
「ラヴァーズキス」は10年以上前の作品だけど、「海街Diary」の朋章はそれよりもやや若く、携帯電話が使われていることから、この作品の舞台は最近・・・ということで、パラレルワールドの朋章なのだと理解することにしました。
「ラヴァーズキス」の朋章は少年というよりは青年で、ちょっと高校生に見えなかったけど、この作品では少年らしい容姿になっていて、そこも好きなところです。
吉田秋生の描く男の子は昔からとても好きなのだけど、これまでは少しずつツボを外されていたのが、この朋章は直球ど真ん中、という感じ。
相変わらず、学生服の描き方もイイ!
このシルエットですよ。
「ラヴァーズキス」で鷺沢くんに「荒んでいる」と語られていた過去の朋章が、明るさを取り戻していく途中にあるのが、この「海街Diary」なのかな、などと思ったりした。

お昼休みに読んでいて、不覚にも涙目になってしまった。
人前ではなく自室でじっくり味わうべき本だと思う。


キングダム・オブ・ヘブン [映画]

キングダム・オブ・ヘブン

キングダム・オブ・ヘブン

遠い昔にテレビで「冬のライオン」を見た記憶がある程度で、12世紀のヨーロッパを扱った映画というのはこのところなかったし(「ロビン・フッド」は12世紀だけど、歴史物のカテゴリーとは違うと思う)、十字軍(それも第三回)というのも興味があったので、これは「劇場で見たい映画」の1本だった。
でも、諸般の理由でDVD鑑賞に。
見終わってみて、劇場の大きなスクリーンで観なかったことを悔やみました。

以下ネタバレ
主演のオーランド・ブルームは、私自身が好きかっていうと、過去の出演作「ロード・オブ・ザ・リング」「トロイ」「パイレーツ・オブ・カリビアン」においては常に二番手、三番手の存在。
だけど、古典に向いている顔で衣装映えがする俳優の存在は貴重だと思う。特にこの年代では。
脇をかためる出演者のうち、ジェレミー・アイアンズ(ティベリウス卿)とエドワード・ノートン(エルサレム王ボードワン4世)が出ていることは知っていたのだけど、デビッド・シューリスを見て「おっ!」と思った。
「セブン・イヤーズ・イン・チベット」以来、好きな俳優です。「ハリー・ポッター3」のルーピン先生も味がありました。
見終わっても彼の役名を聞いた覚えがなく、わからないままだったので、自分の理解力に一抹の不安を覚えたけど、「ザ・ホスピタラー(聖ヨハネ騎士団の騎士)」という特定の名前の無い役だったことがわかって安堵。聞いたばかりの固有名詞を忘れたのだとしたら、ちょっと問題だから。

※最初のうちは聞き取れた英語の台詞と字幕の違いに疑問を感じて、いろいろと考えたりしていたのだけど、字幕翻訳者が誰かに気づいた時点で考えるのをやめた。戸田奈津子の手による訳語をあれこれ斟酌するのは時間のムダというものだから。

全体としては、十字軍側を美化せずに野蛮さをきちんと描いたところは良かったと思う。
ただ、主人公バリアンの設定を「貴族の落胤で今までフランスで鍛冶屋をやってました」にした意味があまりなかったような気がする。そのために長くなってしまったし。
異国情緒あふれるエルサレムと対比して荒涼としたフランスの風景を入れたかったのかもしれないけど、それにしても必然性は薄いような。
普通にバリアンがイベリン卿の跡継ぎであることを既定の事実として物語を始めることもできたし、そのほうが話としてはすっきりしたように思う。
ただ、そうするとリチャード獅子心王(第四回十字軍)との邂逅という印象的な場面につながらなくなるという問題が出てきてしまうけど。
エルサレム攻防の場面で、バリアンが投石器で放つ石の到達距離を測定して作戦を立てるのだけれど、こういう頭脳的な戦い方の描写はかなり好き。
それと、マルタ島で聖ヨハネ騎士団の宮殿や遺跡を見た身としては、聖ヨハネ騎士団がどちらかというと「いいもん」として描かれているのも、ちょっとうれしかった。あくまでも心情的なものですが。

内容を深読みすると、現代の世界情勢へのメッセージなども読み取れそうだけど、あまりそういうことは考えずに、時代背景、風土、建物、衣装等を映像化した作品として楽しんだ。


ニューシネマパラダイス [映画]

ニュー・シネマ・パラダイス オリジナル・サウンドトラック(完全盤)

ニュー・シネマ・パラダイス オリジナル・サウンドトラック(完全盤)

  • アーティスト: サントラ, エンニオ・モリコーネ
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2005/10/05
  • メディア: CD

深夜に放送した字幕版を録画したのを見て、ほんっとに今さらなんだけれど、感動しました。
公開時は、ちょうど映画館から足が遠のいている時期で見ていなくて、それでも、ゴールデンタイムに放送された吹き替え版をちらっと見てはいたし、音楽だとかラストシーンは有名だから知っていたのだけど、きちんと通して見たのは今回が初めて。
前は少年時代のトトとフィリップ・ノワレ演じるアルフレードがメインの話だという印象だったのが、今回は、むしろジャック・ペラン演じる壮年期のトトの印象が強く残った。
懐かしい村の風景、風物や、村の人々と再会した時の心の動き、そしてラストのキスシーンをつなぎあわせたフィルムを見ている時の微妙な表情の変化など。
最初はただのキザなロマンスグレーのおじさんに見えたのが、何度も繰り返して見るうちに、いいな、うまいな、と思うようになった。
あと、エレナがとても良かった。
スター然、女優然としていなくて、いかにもあの時代らしい顔立ちで、でも、はっとするくらいにきれいで。
トトが30年も心を残すことが自然に納得できる。
スパルタカスのエントリーにも書いたけど、映画における女優の選択って、ものすごく重要だと思う。

ラストシーンは、いうなれば「映像の本歌取り」だけど、あの素晴らしさは、もう、なんて表現したらいいんだろう。
この気持ちを私ごときが文章に出来るくらいなら、そもそも映画にする必要がないわけで、映像でしか表現しえない感覚だと思う。

この映画の音楽は、メインテーマがテレビのBGMでもよく使用されるし、様々なアレンジが出ているので、バイオリンにアレンジしたものを聴いていたのだけれど、今回、改めて「LOVE THEME」が気に入ったので、オリジナルサウンドトラックを購入。
「LOVE THEME」をハードローテーションで聴いているけど、サントラの曲は全部良いです。

そして「ニューシネマパラダイス完全版」も観てみたのだけど、オリジナル版と完全版がある場合、完全版の追加エピソードは概して蛇足という印象を受けることが多い。
でも、この映画については、そういう感じはなく、壮年期のトトの「現在」が加わって、これはこれとして面白かった。
再開したエレナの老け方も「らしかった」。
あのエレナが30年を経たらこういうふうになる、と納得できる。
(トトは、かなり違和感があるけど。)
そして、若い頃のエレナとエレナの娘は顔は似ていても(というか同じだけど)別人という印象。
トトとエレナが行き違いになってしまう場面は、やや説明的に感じられたのが難点といえなくもない。

通常版(というのか?)の壮年期のトトは、故郷の村の現在を映し出すスクリーンのような存在だったけれど、完全版は、トトという主人公の物語になっていた。
で、完全版も面白かったんだけれども、好みとしては通常版が好き。
象徴的な物語として楽しめるからだと思う。


スパルタカス [映画]

スパルタカス スペシャル・エディション

スパルタカス スペシャル・エディション

CD店のポイントがいっぱいになったので、「スパルタカス」と引き換えてきた。
1960年度版のほうです。
「スパルタカス」を選んだのは「なんとなく」なのだけど、強いて理由を求めるとするならば、スタンリー・キューブリックの「すごさ」を頭では理解しつつも、いまいち好きではない中で、時代背景や題材が唯一好きといえる作品だから。
この映画を不本意に思っていたという故キューブリックにとっては、うれしくない観客かもしれないが。
でも、才能のある監督が、制約のある中で自分の能力を発揮した映画というのが不思議と好きなんである。趣味に走り過ぎないところがいいのかもしれない。

で、子供の頃にテレビで見て以来、久しぶりに観たのだけれど、面白かった。
CGやSFX全盛の今見ても、チープな感じが全然しない。
ローマ軍対反乱軍の戦闘のシーンを見て、「スターウォーズ エピソード1」のバトルドロイド軍団との戦闘シーンを連想してしまった。
まあ、ジョージ・ルーカスがキューブリックから、何らかの影響を受けていてもおかしくないわけである。

この映画でとにかく印象に残っていたのは、ヴァリニア役のジーン・シモンズ。
改めて見て、これだけきれいならクラッサスが執着するのも納得できる美しさだと思った。
リアリズムで内面を演じるのも女優として「あり」なんだけど、見る人を美しさで納得させるのも映画には大切な要素だと思う。

ローレンス・オリビエは、わずかな時間の感情の移り変わりを適確に、そして、さりげなく表現していたし、チャールズ・ロートンのグラックスも、狡猾さと温かみと誇りの高さをあわせ持つ、いかにも老獪に政治家らしい複雑なキャラクターを過不足なく演じていた・・・と、ちょっとえらそうに言ってみる。

DVDの特典映像に、ピーター・ユスチノフのかなり長めのインタビューが収録されていて、これが面白かった。ユーモアのある人だったようで。
バタイアタス役のピーター・ユスチノフは、今見ると、とても良い味を出しているのだけど、実は記憶に残っていなくて、名前を知ったのは「ナイル殺人事件」のポワロ役。
ポワロ役としてはイメージに合わないという印象だったけれど、「ナザレのイエス」のピラト役は良かったというおぼろげな記憶があって、この映画でアカデミー賞をもらっていたことには納得。
「クォ・ヴァディス」ではネロ役だったそうだけど、これもテレビで見たのに、昔過ぎて記憶にない。デヴォラ・カーと青いドレスだけは覚えているのに。
「クォ・ヴァディス」「スパルタカス」という実績があって、「ナイル殺人事件」では「あのユスチノフがポワロに」という流れだったんだろうなー、今にして思うと。
当時はそんなことは知る由もなかったけれども。

製作者で主演のカーク・ダグラスにふれていないけど、特に不満があるわけではなく、英国の俳優のほうが好みだという、それだけ。
若きキューブリックの起用とか、脚本のダルトン・トランボを復活させたあたりは「漢」だと思う。


チャーリーとチョコレート工場 [映画]

チャーリーとチョコレート工場

チャーリーとチョコレート工場

暴走気味のジョニー・デップ、カラフルな映像とブラック・ユーモアの見事な融合を楽しんできた。
「二枚目」デップが好きな人にはお勧めしないけど、「役者」デップが好きな人にはたまらないかと。
ジョニー・デップのすごさは、「うまい」と思わせるんではなく、「ほんとにこんな人?」と思わせることだと思う。
私の中で分類するとしたら「未来は、今」系映画ということになるだろうか。

以下はネタバレ
あらすじを一言で言ってしまえば「悪い子がおしおきされて、家族思いの良い子が幸せになる」という話なんだけれど、それだけじゃ終わらないのがティム・バートンである。
もう、ウォンカ登場のシーンの、間抜けな人形ミュージカルなんて最高だった。
頭のネジがひゅるひゅるとゆるんでいく感覚。
四人の「悪い子」役の子役たちは見事なほどのイヤな子っぷりで、天晴れ。
みんなそれぞれ憎たらしいけれど、栗鼠におしおきされる「ベルーガ・ソルト」には特に役者魂を感じたし、栗鼠たちも非常に良い味を出していた。
チャーリー役のフレディ・ハイモア君は「ネバーランド」の時よりも背が伸びてヒョロッとした印象だけれど、嫌味のない良い子ぶり。
チャーリーのお母さん役はヘレナ・ボナム・カーター。
ヘレナ・ボナム・カーターがパートナーになってから、ティム・バートンの作風が少し変わったような気がする。
かつてのウッディ・アレンとミア・ファーローみたいな感じとでもいうか。
まあ、ヘレナはミア・ファーローのようにはエキセントリックではなさそうだけど。

映像は全体的にはキッチュなところが多い印象なのだけど、チョコレートを出荷する輸送車が雪の上に描く車輪の跡など、細かい部分に美意識を感じた。
そう、ふざけているけど美しい映画だった。


ネバーランド [映画]

ネバーランド

ネバーランド

「作家と少年と死病を患う母」とのふれあいという図式は「永遠の愛に生きて」(原題のShadowlandsのほうがいいのに)と共通していて目新しくはないけれど、こういう話には無条件に弱い。
そのうえ舞台が20世紀初頭の英国、主演がジョニー・デップときては、見逃すわけにはいかない。

衣装デザイナーが「エリザベス」と同じ人ということで、「エリザベス」は主役以外はドレスの色彩などがちょっと手抜きな感があったけど、「ネバー・ランド」では細部まで神経が行き届いていたので○。特にバリの妻メアリーが着るイヴニングドレスは美しい。

泣かせる話なのだけど、お涙頂戴的な熱演やあざとく盛り上げたりする演出はなく、終始抑えた描き方で、感嘆符てんこもりの「感動!!!」にしなかったところがむしろ良かった。それでもツボにはまって大泣きしてしまったけど。
ピーター・パンはディズニーのひねこびた絵柄のイメージが強くてあまり好きじゃなかったけど、劇中劇のピーター・パンには目がうるうるしてしまった。ピーター・パン役のケリー・マクドナルドは可愛いし好演。

感情の振幅を端から端まで振りきるような大作ではないけれど、ハーモニーの美しさで心のツボを心地よく刺激してくれる佳作だと思う。


ハウルの動く城 [映画]

ハウルの動く城

ハウルの動く城

  • 出版社/メーカー: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
  • 発売日: 2005/11/16
  • メディア: DVD


ドイツみたいなハンガリーかチェコみたいな街並み、第一次大戦前後を思わせる時代背景、美しい山々と湖、街の活気、たれこめる雲、霧、雨、黒い蒸気機関車の煙、魔方陣。全部好きです。
音楽も画面にマッチしているだけでなく、独立した曲としてもすごく良い。
話題になったハウルの声はキムタクが予想以上に良かった。
いわゆる「キムタク」ではなく素直にハウルを演じていて、技術的にも違和感はないし、キムタクの起用によってハウルの色男ぶりが出たと思う。おみそれしました。
登場シーンがくらもちふさこの漫画みたいなシチュエーションで、ハウルを愛するようになるには紆余曲折が必要だけど、恋になら簡単に落ちるね。
それからマルクルの可愛いこと。老人に変装するところ、腰につけた大きな財布、もちろん声も可愛い。神木くん(可愛いので、つい「くん」ってつけてしまう)の声は「千と千尋の神隠し」の時も可愛くて真似をしたものだけど、子供らしく、大人びたところがありながら、それでいて妙にこまっしゃくれず、なおかつ上手いって、稀有な子役だと思う。
美輪明宏の荒地の魔女はいうまでもなく、マダム・サリマンの加藤治子もぴったり。気品があって優しげなのに怖いという役どころをやらせて右に出るものはいない。
倍賞千恵子の声にはちょっと違和感をおぼえたところもあったけど、物語の初めの部分では「鬱屈した感情を抱えている18歳の女の子」らしく声を変えていたので、技術的には「らしい」声を出すことも可能だったはず。なので後半で地の声を出していたのは敢えてそういうふうにしたのかなという気もした。
声で唯一疑問だったのは原田大二郎。いいのか、あれで。納得しているのか。

見る前から賛否両論あったことは知っていて、たしかに2回見ると物語の辻褄が合わないところとか粗は見えてくるんだけれど、それが気にならないくらい私にとっては細部の描き方が魅力的。
映画のテーマをいちいち考えながら見るほうではないけれど、一ついえるのは、宮崎駿は、動く城を、街を、荒地をスクリーンに表現したかったんじゃないかと思う。
強いてテーマを探すとしたらそれ。


ふたり [映画]

尾道に行ってきたら急に観たくなって、「ふたり」のDVDを購入。
主な目的は尾道の街の追体験だけど、改めて「ふたり」は良い映画だなと思った。
ずっと前、映画ではなくNHKで放送された版を観たのだけれど、尾道の街並みとピアノの発表会の場面が記憶に残っていた。
記憶にあったノヴェレッテンだけでなく第九も効果的だし、テーマ曲の「草の想い」も印象的な曲。
私はどうも、この年頃の少年少女が出ていて、歴史のある古い街並みをきれいに描いていて、音楽の使い方が効果的な映画、というのに弱いようです。
自分の手足を扱いかねているかのように歩き方さえぎこちない不器用な妹の実加と、屈託のない優等生と思われていたけれど、実はいろいろな想いを残して亡くなった姉の千津子と、ほんとうに「ふたりでひとり」で成長していく物語。

出演している女の子たちはみな初々しくて可愛い。
この時の石田ひかりには華があって、輝いていた。こういうのは時分の花かもしれないけど、花は花。
「プロの女優」として見るならば、姉の石田ゆり子のほうが長く一線にいるし、今は良い女優だと思うのだけど(どうしても姉妹って比較してしまう)、少女期の輝きばかりは演技力や経験では出せないもの。
とはいえ、長く一線にいることも、一瞬の輝きを放つことも、どちらも俳優としては幸せなことだと思う。どちらも出来ない人のほうが多いわけだから。

ふたり デラックス版

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